枚方簡易裁判所 昭和56年(ろ)37号 判決 1981年5月08日
主文
被告人を罰金八万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
被告人に対し、仮に右罰金に相当する金額を納付すべきことを命ずる。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第一 自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和五五年一二月六日午前二時二〇分ころ、普通乗用自動車を運転し、大阪府大東市深野二丁目一九六番地の一三先道路を南から北に向かい時速約一〇乃至一五キロメートルで減速進行中、同所手前の前同所二丁目一番一一号付近道路において、運転開始前に飲んだ酒の酔いのため注意力が散漫となり、前方注視が困難な状態になったのであるから、直ちに運転を中止すべき注意義務があるのに、あえて前記状態のまま運転を継続した過失により、自車前方で信号待ちのため停止中の三木良太郎(当時五一才)運転の自動二輪車後部に、自車右前部を追突させて右三木を路上に転倒させ、よって同人に全治約五日間を要する骨盤部打撲等の傷害を負わせ
第二 酒に酔い、その影響により正常な運転ができないおそれがある状態で前記日時場所において前記自動車を運転し
たものである。
(証拠の標目)《省略》
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為は道路交通法六五条一項、一一七条の二第一号に各該当するところ、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金八万円に処し、右の罰金を完納することができないときは刑法一八条により、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、刑事訴訟法三四八条一項に従い、被告人に対し仮に右罰金に相当する金額を納付すべきことを命じる。
(量刑の理由)
本件は、いわゆる検察官正式申立事件で、その理由は、検察官の求刑罰金額一〇万円に対し、略式命令において罰金額が八万円に減額量刑されたことに対する量刑不当にあることが明白であり、なお、正式裁判における求刑額も当初のそれと同一で、これに対し、当裁判所の量刑は略式命令におけるそれと同一であるから、以下その理由について若干言及する。
業務上過失傷害事件、道路交通法違反事件(以下業過事件、道交事件と略称。なおここで、単に道交事件という場合は、無免許運転、酒気帯び運転、酒酔い運転の三者のみを指称することとする。)については、各高等検察庁単位で一定の求刑基準が設定され、実務を担当する検察官は、各事件ごとに右基準に照らして評点作業を行ない、求刑額を決定していることは周知の事実である。日々大量に発生する業過事件、道交事件の処理に関し、求刑における検察官の恣意を避け、各地方の実情に応じて処罰の公平を図るという意味で、右基準の設定、ならびにこれに準拠してなされる求刑の方法は、合理的・妥当な方法と認められ、裁判所においても、検察官の設定した前記基準、ならびにこれに準拠して行なわれる求刑を尊重し、量刑を行なっているのが実務の大勢である。
業過事件に関する右基準の設定にあたっては、当該事故を誘発するに至った加害者の過失、被害者側に認められる過失、事故によって惹起された結果の軽重、その他一切の情状等を考慮し、以上の各要素が一定の係数で表示され、捜査検察官はこれに準拠し、各事件の態様・情状に応じ、上記係数を加減して評点を行ない、最終的な係数を算出して求刑額を決定する実務が慣行となっているものと認められ、道交事件に関しては、前科の有無・回数のみを考慮した基準が設定されているものと認められる。
右基準の運用にあたっては、公正・妥当を旨とすべきこと、前示基準設定の趣旨に照らしもとより当然のことであるが、多種・多様の態様で、日々多量に発生する交通事件、なかんずく業過事件の処理に関して、右基準は、多数の捜査官により必ずしも一義的に解釈運用されているものとは認め難く、同種・同態様・同情状と認められる事案につき、捜査官により異なる評点・求刑がなされている事例も散見するところで、本判決量刑の理由は、以上述べた求刑額決定の実状に照らし、次の三点を考慮して行なったものである。
1 本件は、業過事件・道交事件の両者が併合起訴されている事案である。道交事件については、本件は酒酔い運転であるから、罰金刑を選択する場合の法定最高限度額は、罰金五万円である(道路交通法一一七条の二第一号)。検察官の本件求刑額は、業過事件・道交事件を併せて罰金額一〇万円であること前記のとおりであるが、両者一括して求刑されている為その内訳をつまびらかにしない。仮りに、本件被告人については、同種前科はないが情状悪質として、道交法違反につき罰金刑の最高額五万円が求刑されているとすると、他方、業過事件については、少くとも罰金額五万円が求刑されていることとなるわけである。
被害者は、本件事故により、全治五日間の傷害を受けたことが証拠上明白で、これを前記基準に照らしてみると、一週間以内の傷害の結果を発生せしめた業過事件の求刑額としては、他の同程度の結果を発生せしめた業過事件の求刑額に比し、相当過重なものであると認めざるを得ない。
この種の業過・道交併合事件の求刑(または量刑)に関し、これを単純に右のごとく業過事件、道交事件の両者に分け、各求刑(量刑)額を合算するとの考え方については異論の存するところであろうが、併合罪科刑に関する法の立前は、刑法四八条二項からも明白であるとおり、あくまで各罪につき定められた法定最高罰金額以下で、これを合算して求刑(量刑)することを要求されており、以上の解釈によれば、前記のとおり本件業過事件については罰金額五万円(以上)が求刑されていることは疑いのないところである。
ところで、一般に道路交通法違反を伴う業過事件の処理については、実務においては(証拠上の問題もあり)、必ずしもすべての道路交通法違反事件を、業過事件と併せて(併合罪または一所為数法として)起訴してはおらず、例えば、速度超過、信号無視、一時停止違反、車間距離不保持、右(左)折方法違反等々の道路交通法違反を伴う業過事件においては、業過事件のみを起訴の対象とし道路交通法違反の事実は不起訴としているのが大勢であり、この場合、道路交通法違反の事実は、当該業過事件の処理にあたって、情状または過失の内容として考慮されているに過ぎない。
以上の一般道路交通法違反を伴う業過事件の処理の実状に対比し、本件の場合は、道交法違反の事実が併合起訴され、しかも、前記求刑額の内訳の検討において述べたとおり、道交法違反事件について、法定最高限度の罰金額が求刑されている(仮定)うえに、さらに、業過事件の求刑にあたって、道交法違反の事実を相当程度加味考慮した求刑がなされているものと認めざるを得ず、かかる求刑の合理性は、当該道交法違反の事実が高度の危険性を蔵し、悪質であるからとする理由を一応肯定するとしても、その程度によっては、これに全面的に賛意を表することができないのみならず、むしろ、道交法違反の事実につき二重の処罰を求める危険性をすら感じるものである。
以上の観点から、この種業過・道交併合事件に関しては、各罪別個に科刑される場合を想定し、刑の均衡を考慮して量刑するのが相当であると認められ、本判決量刑の一理由である。
2 次に、酒酔い運転による業過事件において、「追突」加重をすることの可否について、当裁判所の判断は以下のとおりであり、これが本判決量刑の理由の第二である。
一般に、前記基準における評点の原則は、前記係数の合算加重主義がとられているものと認められるが、各係数を、単純に合算加重するのは相当でないと認められる場合が種々考えられる。特に、「追突」加重に関し、例えば「わき見運転」の結果「追突」事故を発生させた場合、この両者の係数を単純に加算評点すれば、求刑額が、通常の「追突」事故の場合に比し著しく均衡を失するものとなるところから、実務上、この両者は加算せず、単に重きに従う取扱いがなされているものと認められ、同様に、「過労による居眠り運転」、「ハンドルまたはブレーキ操作の重大な誤り」等により「追突」事故を発生せしめた場合についても、各係数を合算すべきか否かは問題であり、本件のごとく「酒酔い運転」により「追突」事故を発生せしめた場合についても同様の問題がある。
そもそも、「追突」を加重要素とする理由は、当該事故において、被追突車運転者(被害者)には通常なんらの過失ならびに事故回避の方法が存在せず、事故は追突車運転者(加害者)の一方的過失に基づく場合がほとんどである点に着目したものであろう。ところで、前記「わき見運転」、「居眠り運転」、「ハンドルまたはブレーキ操作の重大な誤り」等の場合に惹起される事故の形態は、通常「追突」事故として発生する場合が多く、これらについては、前記基準においても係数は相当大きくなっており、これは、以上の点を考慮して、「追突」事故に関する係数をも含めたものが、それぞれの運転形態における過失の係数となっているものとも解され、本件のごとき「酒酔い運転」における「追突」事故に関しても、前記「わき見運転」、居眠り運転」による「追突」事故と同様に解し得る(「わき見運転」は、わき見して前方を見ていない状態、「居眠り運転」は居眠りのため前方が見えない状態であり、本件「酒酔い運転」は、訴因に明示されているとおり、酒酔いのため前方注視が困難となっている状態)のである。
さらに、「追突」事故とは、車両が車両に後方から衝突した形態の事故を指称することは明白であるが、そうであるとすれば、例えば横向きに停止している車両の側方に、または道路の左側を歩いている歩行者に後方からそれぞれ衝突し、本件被害者と同様の傷害の結果を発生させた場合と、本件のごとく「追突」事故により結果を発生させた場合とで、その結果を異別にしなければならない合理的理由は認め難いところである。
以上の次第で、本件のごとく「酒酔い運転」によって惹起された「追突」事故の場合、あえてこれを加重理由とする考え方について、当裁判所はこれに同調し得ないものである。
3 なお、本件被告人には、過去に業過ならびに道交法違反の前科が認められず、本件事故処理につき、被害者にすべての被害弁償を済ませて示談を行ない、被告人自身は、一年間免許取消の行政処分を受けて、相当な社会的・経済的制裁を受け、悔悛の情も顕著である点を勘案した。
以上の諸点を考慮し主文のとおり量刑した次第である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 古林岩夫)